002
牛乳配達
コラム018(2001/1/22)より

 昨年のY乳業の不祥事で牛乳の宅配を生業としている人たちには厳しい状況となってしまったのは記憶に新しい。私の住んでいる町にも牛乳配達をやっている人が何人かいるが、面識がある人は2人だけだ。しかし、この2人ともかなり変わった人なのである。1人は牛乳配達の他に手裏剣を売って暮らしている。手裏剣だけでなく、手品用品(?)も売っているが、いずれにしても一筋縄ではいかないオヤジだ。「本業は何ですか?」と聞いた私に「忍者」と答えた強者である。牛乳の売り上げが落ちた程度では屁とも思っていないだろう。もう1人は深刻である。老人、と言っても構わないような年齢の彼はめったに人とも話さず、愛想笑いも浮かべない、牛乳一筋の頑固なオヤジだった。彼の姿を見かけなくなって、少々寂しさを感じるが、思い出す出来事がある。
数年前のことだ。私の後輩が彼から牛乳をとっていたのだが、事情があり、とるのをやめようと思って牛乳入れの箱に張り紙をしておいた。しかし、彼はその後も毎朝、牛乳を運んできて置いていったのだ。とるつもりもない牛乳を配達されて、金をとられたのではたまらない、と私の後輩はわざわざ早朝に出勤し、牛乳配達のオヤジが来るのを待ちかまえていて文句を言ったそうだ。
「おじさん、この張り紙が目に入らないんですか?!」
しかし、オヤジは「その張り紙は毎朝見ていたよ」と平然と答えたそうなのだ。その張り紙にはこう書いてあった。
「牛乳とるのをやめます。明日からは持って来ないで下さい。」
そうなのだ。彼は毎朝、この張り紙を見てこう思ったのだ。
「なるほど、明日からいらないと言う意味だな。なら今日は置いていこう。」
そして、次の日もその張り紙を見て、こう思う。
「なるほど、明日からいらないと言う意味だな。なら今日は置いていこう。」
そうして、彼はずっと配達を続けていた、というのだ。
信じられないような話だが、これは実話である。




< | 001 | 002 | 003 | 004 | 005 | 006 | 007 | 008 | 009 | 010 | >